目次
1. 序論と概要
本研究は、2030年までに中南米全域で100%再生可能エネルギー(RE)供給を達成するための、時間単位で解像度を持つ先駆的なエネルギーシステム・モデリング研究を提示する。同地域は現在、水力発電の普及率が高いため世界で最も炭素集約度の低い電力構成を誇る一方、水資源を脅かす気候変動の影響に大きな課題を抱えている。本研究は、高圧直流送電(HVDC)やPower-to-Gas(PtG)などの支援技術に支えられ、水力、風力、太陽光発電(PV)が主体となるシステムへの移行の技術的・経済的実現可能性を調査する。
2. 方法論とシナリオ
2.1. エネルギー・モデルと地域細分化
本分析は、年間総システムコストを最小化する線形最適化モデルを利用する。地理的領域は15の相互接続されたサブ地域に細分化され、エネルギー交換のシミュレーションを可能にしている。モデルは1参照年における時間単位の解像度に基づき、再生可能エネルギー源の変動性を捉えている。
2.2. 定義されたシナリオ
インフラとセクターカップリングの影響を評価するために、4つの主要シナリオが構築された:
- シナリオ1(地域): 大規模なサブ地域内を中心とした、限定的なHVDC送電網。
- シナリオ2(国): 国内でのHVDC接続を強化。
- シナリオ3(広域): 全15サブ地域にわたる完全なHVDC送電網統合。
- シナリオ4(統合): シナリオ3を基盤とし、海水淡水化(39億m³)とPtGによる合成天然ガス(SNG)生産(640 TWhLHV)のための電力需要を追加。
2.3. 海水淡水化とPower-to-Gasの統合
統合シナリオは、純粋な電力供給を超えた重要な革新である。淡水化を通じて水不足に対処し、電気化が困難な産業プロセスのためのカーボンニュートラル燃料(SNG)を提供する。これにより、そうでなければ抑制されるであろう余剰再生可能電力を活用する。
3. 主要な結果と知見
主要システム統計(2030年、統合シナリオ)
- 総電力需要: 1813 TWh
- PtG/淡水化のための追加需要: SNG生産に約640 TWh
- 均等化発電原価(LCOE): 56 €/MWh(集中型送電網)
- 均等化ガス原価(LCOG): 95 €/MWhLHV
- 均等化水原価(LCOW): 0.91 €/m³
- 統合によるコスト削減: 総システムコストの8%
- 統合による発電量削減: 余剰エネルギーの最適利用により5%
3.1. エネルギー構成と設備容量
最適な構成は太陽光発電(発電量の約50-60%)が主体であり、次いで風力発電(約20-30%)、水力発電(約10-20%)が続く。既存の水力発電設備容量は、発電だけでなく、より重要な柔軟性の提供において重要な役割を果たす。
3.2. コスト分析:LCOE、LCOG、LCOW
送電網の集中化はコストを削減する。LCOEは、分散型(地域)シナリオの62 €/MWhから、完全集中型(広域)シナリオの56 €/MWhに低下する。統合シナリオは、前述のコストでSNGと淡水化水を生産し、セクターカップリングの経済的可能性を示している。
3.3. 仮想貯蔵としての水力発電の役割
重要な知見は、既存の水力ダムを「仮想バッテリー」として利用することである。太陽光と風力の発電出力と連携して水力発電を戦略的に運用することで、追加的な電気化学的貯蔵の必要性が大幅に削減される。これは、巨額の送電網安定化の利益のために、埋没したインフラコストを活用するものである。
3.4. システム統合の利点
淡水化とPtGを統合することで、必要な発電量が5%削減され、総システムコストが8%削減される。これは、そうでなければ抑制される再生可能エネルギーを利用することにより、システム全体の利用率と経済性を向上させることで達成される。
4. 技術詳細と数式定式化
モデルの核心はコスト最小化問題である。目的関数は年間総コスト $C_{total}$ を最小化する:
$C_{total} = \sum_{t, r} (C_{cap} \cdot Cap_{r, tech} + C_{op} \cdot Gen_{t, r, tech} + C_{trans} \cdot Trans_{t, r1, r2})$
以下の制約条件に従う:
- エネルギー収支: 全ての時間 $t$、地域 $r$ に対して、$\sum_{tech} Gen_{t,r,tech} + \sum_{r2} Trans_{t, r2, r} = Demand_{t,r} + \sum_{r2} Trans_{t, r, r2} + Storage_{out, t, r} - Storage_{in, t, r}$。
- 容量制限: $Gen_{t,r,tech} \leq CF_{t,r,tech} \cdot Cap_{r, tech}$。ここで $CF$ は時間単位の設備利用率。
- 貯蔵ダイナミクス: $E_{t+1, r} = E_{t, r} + \eta_{in} \cdot Storage_{in, t, r} - \frac{1}{\eta_{out}} \cdot Storage_{out, t, r}$
- 水力貯水池管理: 流入水量、貯蔵制限、最小環境流量をモデル化する制約。
PtGプロセスは効率 $\eta_{PtG}$(例:SNGの場合約58%)でモデル化され、電力入力 $E_{in}$ とガス出力 $G_{out}$ を関連付ける: $G_{out} = \eta_{PtG} \cdot E_{in}$。
5. 実験結果とチャート説明
チャート1:シナリオ別設備容量
積み上げ棒グラフは、4つのシナリオにおける太陽光発電、風力発電、水力発電、ガスタービン(一部シナリオでのバックアップ用)の設備容量(GW)を示す。「統合」シナリオは、PtGからの追加需要により、総設備容量が最も高くなる。
チャート2:代表的なサブ地域(例:ブラジル南東部)の時間単位発電プロファイル
1週間の複数ラインのチャートは、水力発電が太陽光発電の大きな日中のピークと風力発電のより変動の大きい出力を平滑化する様子を示す。「仮想バッテリー」効果は、日照・風況の良い時間帯に水力発電が低下し、夜間や無風時に増加する様子で視覚的に明確である。
チャート3:システムコスト内訳
統合シナリオの円グラフは、年間総コストの内訳(太陽光発電のCAPEX & OPEX、風力発電のCAPEX & OPEX、HVDC送電網、Power-to-Gasプラント、淡水化プラント)を示す。これは、移行が資本集約的であることを強調している。
6. 分析フレームワーク:シナリオ・モデリング例
事例:送電網拡張 vs 地域貯蔵の評価
チリ(太陽光豊富)の電力会社が、アルゼンチン(相補的な風力/水力)への新規HVDC線への投資か、大規模バッテリー・ファームの建設かを検討している。
フレームワークの適用:
1. ノード定義: チリ(ノードA)、アルゼンチン(ノードB)。
2. 入力データ: Aの時間単位太陽光設備利用率、Bの時間単位風力/水力設備利用率、需要プロファイル、HVDC線の資本コスト($/MW-km)、バッテリーの資本コスト($/kWh)。
3. モデル変種の実行:
- 変種1(孤立): ノードAは地域内で需要を満たす必要があり、夜間をカバーするために相当量のバッテリー容量が必要。
- 変種2(接続): ノードAとBは定義された容量のHVDC線で接続される。日中はAからの余剰太陽光をBに送電可能。夜間はBからの水力/風力をAに供給可能。
4. 最適化と比較: モデルは両変種の総コストを最小化する。結果は通常、送電コストを考慮しても、Aでの高価な貯蔵の必要性が減少し、Bの既存の柔軟な水力発電の利用率が向上するため、変種2の方が安価であることを示す。これは、送電の価値に関する本研究の核心的な知見を反映している。
7. 批判的分析と専門家による解釈
核心的洞察: 本研究は単なる環境保護の空想ではなく、南米の既存水力インフラに閉じ込められた潜在的な財務的・戦略的価値を明らかにする、現実的な工学設計図である。真の突破口は、水力ダムを単なる発電機ではなく、大陸規模の限界費用ゼロの送電網安定化装置—新規貯蔵投資を数千億円節約し得る「仮想バッテリー」—として再定義することにある。これは、潜在的な気候脆弱性(水文変化)をレジリエンスの基盤へと転換する。
論理的流れ: 議論は説得力のある直線的流れを持つ:1)変動性再生可能エネルギー(太陽光/風力)は現在最も安価な電源である。2)その間欠性が主な問題である。3)南米には、その広大な水力発電設備という、前払い済みの独自の解決策があり、貯蔵優先運用のためにデジタル的に再最適化できる。4)相補的な地域(例:風の強いパタゴニアと日照の強いブラジル北東部)間にHVDC「接続」を追加することで地理的バッテリー効果が生まれ、コストがさらに削減される。5)最後に、余剰再生可能電子を分子(ガス)と水の製造に利用することで、隣接する数十億ドル規模の産業・資源不足問題に取り組み、好循環的な経済サイクルを創出する。
強みと欠点:
強み: 時間単位のモデリングは最先端であり、信頼性のあるRE研究には不可欠である。セクターカップリング(PtG、淡水化)は学術的演習を超えて現実の政策関連性を持つ。既存水力の活用は現実的な思考の妙手である。
欠点: モデルの優雅さは、厳しい政治的・規制的障壁を覆い隠している。大陸横断HVDC送電網の建設は、EUの苦闘に似た主権問題の悪夢を伴う。2030年のタイムラインは、この規模のプロジェクトファイナンスと許認可にとって極めて楽観的である。また、新規メガインフラに対する社会的受容を前提としており、これはますます争点となっている。コスト見積もりは2015年を参照しているが、2022年以降のインフレとサプライチェーン・ショックを踏まえた緊急の更新が必要である。
実践的示唆:
1. 規制当局向け: 柔軟性と容量(単なるエネルギーだけでなく)に経済的報酬を与える電力市場設計を直ちに改革する。水力発電事業者は、バッテリーと同様の「調整サービス」に対して報酬を受けるべきである。
2. 投資家向け: 最大の短期的機会は新規太陽光発電所ではなく、既存水力発電の送電網調整収益を最大化するためのデジタル化と制御システムにある。
3. 政府向け: パイロットプロジェクトとして二国間「エネルギー・ブリッジ」条約(例:チリ-アルゼンチン)から始める。統合シナリオの要であるPtG電解槽のCAPEX削減にR&Dを集中させる。
4. クリティカル・パス: 最も重要な成功要因は送電である。これがなければ、仮想バッテリーは断片化したままである。欧州のTEN-Eをモデルとした汎米送電網イニシアチブは、最優先の外交課題でなければならない。
8. 将来の応用と研究の方向性
- グリーン水素輸出: モデルのPtGコンポーネントを拡張し、欧州やアジアへの輸出のための大規模グリーン水素生産をモデル化できる。これにより、南米を再生可能エネルギー大国へと変革する。
- 気候レジリエンス・モデリング: 将来の研究では、より詳細な気候モデルを統合し、予測される水循環と風況パターンの変化に対してシステムをストレステストする必要がある。
- 分散型エネルギー資源(DER)の統合: 屋根置き太陽光、メーターバックの貯蔵、電気自動車充電をモデルに組み込み、集中型送電網計画への影響を理解する。
- 高度な貯蔵価値評価: 水力発電の柔軟性が提供する経済的価値の詳細な分析を行い、近代化への投資を呼び込む標準化された指標を作成する。
- 政策・市場シミュレーション: 技術経済モデルとエージェントベースモデルを結合し、規制枠組み、投資行動、越境電力取引協定をシミュレートする。
9. 参考文献
- World Bank. (2016). World Development Indicators. GDP growth (annual %).
- International Energy Agency (IEA). (2014). World Energy Outlook 2014.
- International Energy Agency (IEA). (2015). Key World Energy Statistics 2015.
- U.S. Energy Information Administration (EIA). (2015). International Energy Statistics.
- de Jong, P., et al. (2015). Hydropower, climate change and uncertainty in Brazil. Renewable and Sustainable Energy Reviews.
- ONS (Brazilian National Grid Operator). (2015). Weekly Operation Reports.
- EPE (Brazilian Energy Research Office). (2015). Brazilian Energy Balance 2015.
- Bogdanov, D., & Breyer, C. (2016). North-East Asian Super Grid for 100% renewable energy supply: Optimal mix of energy technologies for electricity, gas and heat supply options. Energy Conversion and Management. (方法論の文脈として)
- International Renewable Energy Agency (IRENA). (2020). Global Renewables Outlook: Energy transformation 2050. (更新されたコストとポテンシャルデータとして)
- Jacobson, M.Z., et al. (2015). 100% clean and renewable wind, water, and sunlight (WWS) all-sector energy roadmaps for 139 countries of the world. Joule. (比較対象の100% RE研究手法として)